14:00pm。
担当ドクターが入ってきた。助産婦さんが何か数字をドクターに告げると、うなずいて一言。
「じゃ、カイザーで。」
えっ?カイザー?え、なになに?という私の頭の中の???を取除くようにドクターが、
「他のドクターとも検討したんだけど、もうこれ以上は母体も限界だし、危険なので、微弱陣痛、分娩停止ということで帝王切開を行います。良いですか。」
と言った。
「おぉっ。そうなんですか。はい、はい、はい。お、お、よろしくお願いします!」
あぁ、これでやっと全てが終わる。。。
全身の力が抜けて安堵感がよみがえってきた。
苦痛だった27時間に及ぶ誘発剤点滴が取外され、普通の点滴(だと思う、たぶん)に交換された。
「カイザー」って手術のことなんだな、きっと。なんておぼろげに思いながら、”たしか、帝王切開の手術って1時間位って聞いていたから、色々準備をいれてもあと2時間後にはBabyに会えるんだ。
この苦しみから開放されるんだ・・”と思うと、何だかちゃっかりしてるもので、少し元気を取り戻した。
それからの1時間は、バタバタとナース、助産婦さん、ドクターが一斉に周りで色んな準備にとりかかっていて、私はもう訳わからずボーゼンとされるがままだった。
手術を行うにあたってのアレルギー反応を見るための注射を数本され、
レントゲン係りの人がきてバシャバシャ、レントゲンを撮っていき、
決して安全とは言い難いであろう、元祖安全カミソリとやらで、お腹の産毛を剃られ、尿管をとりつけられ、
つけていたアクセサリー、マニキュアを全部はずされ(実は、手術にこういうのをつけてちゃいけない、なんて知る訳ない私は、入院前にわざわざ家でマニキュアを塗り直し、夏だったので、手だけではなく足の指にもトーリングをはめていて、タトューシールなんかも何ヵ所かにつけていたりして、それはそれは、それら全部を落す、はずすのが大変だった。看護婦さんたち、すいませんでした(^_^.))、
コンタクトもはずして、着替えをして・・・・・。
とにかく、手術。
と決まった途端の皆なの動きの素早いこと!
2つ、3つの違うことが、私の身体を題材に同時進行していて、目が回るほどであった。
ちょうど、タイミング良く母が様子を見に来ていたため、手術の同意も得られ、そのあと、私にも拇印を押すように承諾書が持ってこられ、もう訳わかんない忙しさだった。
最悪なのはそんな中でも、
未だに陣痛ビッグウェ〜ブがきていた・・・
ってことである。尿管通されたその時点では、それこそ絶対に陣痛からくるいきみ感覚を何とかしてやり過ごさなければならない。
下手にふんばって、色んな何かが放出したら大変!などど勝手に思い込んで押し寄せる陣痛と挌闘していた。
誘発剤をはずしても、それまで27時間もの間、体内に蓄積されてきたものがぴたっと突然止まるわけなく、だんだんとフェードアウトするっていう感じ。
だから、しばらくはそれまでと同じ強さのビッグウェーブがきていた。
15:30pm。
一通り手術に向けての準備が整ったらしく、分娩台から移動できるベッドへと身体が移された。
この場に及んでもまだ、3回に1回位の割合で陣痛ビッグウェーブがくるため、身体を横向きにしてもらう。
陣痛が始まると、自然に息が荒くなるので、その音と声を聞いて助産婦さんが手術の用意する手を止め、肛門を押えてくれるのでとっても心強かった。
たまに、すぐそばに誰もいなくなって1人っきりになってしまうときもあったりして(もちろん助産婦さんは4-5歩先の隣の部屋とかにいるのですぐに飛んでこれる距離にはいたんだけど)、
目の届く範囲に誰もいないとき陣痛がくると、もうすごく不安で1人で乗り切れるかどうかすごく心細かった。
そうこうしている内に時間は過ぎ、気づくと手術決定から3時間が過ぎていた。
午後5時。
何やらオペ室が全て使用中でオペ室の空き待ちなのだそう・・。
本当によりにもよって、ここまできて更に延長戦を余儀なくされるとは・・・っていう感じだ。
知らせを聞いてかけつけた両親としばらく一緒にいたら、という助産婦さんの気遣いで別室に移動させてもらった。
その頃には陣痛もかなり弱くなり、間隔もあいてきて、気持ちもすっきり、というか落ち着いてきた。
19:00pm。
両親も、ゴール目前の娘と赤ちゃんの元気さに安心したのか、
ちゃっかり夕食を食べに出かけてしまった。
間隔があいて弱まったと言えど、未だに押し寄せる陣痛にひとり悶々としていたときだった。
「お待たせしました!」やっとお声がかかった。「遂にきた!」








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